2012年08月25日

スマ劇場++卵巣のう腫編++

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思いこみが激しくて妄想族のスマは、
自分の中で勝手に物事を結論付けてしまう
悪い癖があります。
今回手術を受けた卵巣のう腫の場合もそうでした。

異変を感じたのは、かなり前のことです。
寝返りを打つ時、右下腹部につるような感覚がありました。
その感覚は盲腸のときに感じた痛みとよく似たものでした。
「まさか、また盲腸?」
と、疑いましたが2度盲腸をした人なんて、
聞いたことありません。(手術でとった場合)
盲腸はもうないはず。

そのときスマの脳裏にある映像が浮かびました。
それは・・・・。
手や足を切断した人が
あるはずのない手や足の痛みに苦しめられている姿です。
どうして痛みを感じるのか。
それは痛みの記憶が脳に残っているためで、
実際の痛みではないというテレビ番組を見たことを思い出したスマは、
またもや見当違いをしてしまいました。

盲腸はないけれど、
痛みの記憶がまだ残っているのか。
ずい分と昔のことだけれど、
人間の脳って、摩訶不思議。
痛みの原因は脳にあり、
記憶が作りだした架空の痛みなのだと、
勝手に納得してしまったスマなのでした。

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けれど、痛みはどんどん激しくなっていきました。
歩くと右下腹に振動が伝わり、
立っていられなくなることもありました。
架空の痛みにしては生々しいな、
とさすがのスマも疑いを持ちはじめます。(遅い)
が、そこは痛みに鈍いスマ。(自慢じゃない)
慢性的になってきた痛みにかなり慣れ始めていました。
日常的には痛みも緩やかになり、
気になることもなくなっていったのです。
ときどき痛みが鋭くなるのは、
生理にあたる前後だったので、
生理痛のおまけ、ぐらいに考えるように
なりました。
病は気から、よ。
と、間違った認識のまま、
病気なんかじゃないさ、と
気持ちだけは元気なスマでした。

              つづく。

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前回の盲腸編に続き今度も病気のお話となりました。
早期発見、早期治療はとても大切なことです。
体に異変を感じたらすぐ病院に行きましょう。
と、私が一番そうすべきですね。
わかってますよ。

ちっとも学習しないおばかな体験談を、
反面教師として笑って読んで下されば
嬉しいです。

男性の方にはわからない痛みでしょうが、
私は生理痛が酷く、
卵巣のう腫の痛みはそれに比べると
我慢できる程度でした。
そのことが却って病状を悪化させてしまったみたいです。



posted by smile-one at 01:43| Comment(10) | TrackBack(0) | スマ劇場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月18日

スマ劇場=盲腸編=

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我慢強いのか、鈍感なのか、病気に疎いところがあります。
少々の痛みはあまり気にしたことがありません。

中学の頃、急性虫垂炎で手術したときもそうでした。
下腹が何となく張ってるな、と思いながらも
「便秘か」
と、あまり深刻には考えておらず、
バレーボールの練習試合に参加していました。

日曜日に他校と行われた練習試合は、
1ヵ月後に控えた県大会へ向けての
最終調整も兼ねて熱がこもったものでした。

技術の全くないスマがレギュラーポジションを獲得できたのは、
声の大きさと、最後まであきらめない根性が
先生に認められた結果です。

ところがその日のスマは、声もあまり出せず、
動きも鈍かったため、
中途半端なプレーしか出来ませんでした。

「スマたるんでるぞ」
3セット目が終わったとき、コーチにお尻を叩かれました。
(今そんなことするとセクハラで訴えられるかも)
「覇気がない、覇気が!!」
コーチの怒鳴る声が、下腹部にズンズン響いてきて、
痛みも激しくなってきていました。
「すみませんコーチ。お腹がいたいんですけど」
我慢できなくなって、訴えたところ、
「いつもの便秘だろう。試合が終わったらカンチョウでもしとけ」
と、一蹴されてしまいました。

実は、コーチとスマ母は古くからの知り合いで、
スマの慢性便秘のこともよく知っていたのです。

やっぱりそうかなぁ、と思いつつ、
痛みの種類が違うような気もしましたが、
結局、試合が終わるまで我慢を通しました。

「お疲れ様でした」
キャプテンの解散の言葉を聞いた瞬間、
スマはその場に座り込んでしまいました。
下腹部の痛みはもはや限界で、
立っていることすらできなかったのです。
「どうしたスマ」
油汗をかき、青ざめた顔をしているスマを見て、
さすがに慌てたコーチがかけよってきました。
「お腹が・・・・」
声を出すのもつらく、
そこまでしか言葉になりません。

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コーチからの連絡で、
スマ父が車で迎えにやってきました。
そして、そのまま救急病院へ直行となったのです。

試合を終えたばかりだったので、
スマはユニフォーム姿のまんまです。
当時はまだブルマの時代でした。
今思い返せば、何て恥ずかしい格好!!
と顔が赤くなるのですが、
そのときは、痛みで気を失いそうだったので、
それどころではありませんでした。

診断の結果、急性虫垂炎で、
即手術しないと危険な状態とのこと。
スマ父が同意書に慌ててサインし、
手術が行われることになりました。

中学時代の多感な年ごろに、
あられもない格好で病院に運ばれ、
ブルマとパンツを脱がされたあとの剃毛は、
死ぬほど恥ずかしい体験でした。
まな板の鯉のように手術台に乗っけられたスマは、
盲腸がなくなったらひょっとして、
体質が変わって便秘も治るかも。
などと淡い期待を寄せていましたが、
そんなことがあるはずもなく、
今なお、便秘に悩んでおります。

もっと早く病院に行っていたら、
ちゃんと服を着て診察を受けられていたのに。
そのことだけが、悔やまれたスマなのでした。



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ずっと便秘症で、小学校の頃は
病院に通っていたました。
1ヵ月以上、便が出ずに
臨月のようなお腹になって、
妊娠と間違われたこともあります。
今はそれほど酷くなくなって、
妊娠初期ぐらいのお腹です(笑)

posted by smile-one at 21:06| Comment(16) | TrackBack(0) | スマ劇場 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月14日

リハビリ

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いつから外へでてないのだろう、と思い返してみました。
2月20日に退職し、3月14日の入院に至るまでに、
検診と本屋に行った2回。
3月19日に退院し8月14日の現在に至るまでに、
診察と美容院へ行ったついでにTUTAYAへ行った2回。
都合4回という計算ですね。

半年余りの間に、わずか4回。
それから外へ出ることなく、
自分の部屋で一日を過ごしています。

ただ会社勤めをしていた頃から
通勤以外で外に出ることはほとんどありませんでした。
とは言え、月のうち20日以上は通勤で自転車をこいでいますから、
多少なりとも運動はしているわけです。

手術後1か月の間は、
痛みで動くことがかなわず、
大半を布団の上で過ごしていました。
当然、筋肉は落ち、体力は怒涛の勢いで
失われていきました。

もともとの運動不足に輪をかけての体たらくぶり。
もはや芋虫にでもなった気分でした。

勇気を出して外出した美容院からの帰りは、
激しい動悸、眩暈におそわれ、
自転車を漕ぐ力も残されていない状態。
しかもスマ家は坂の上にあります。
勾配は急ではないものの、
ゆるやかな傾斜が長く続くのです。
このときほど、坂を恨めしく思ったことはありません。

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「こんな暑い日に出かけるきよ」
玄関を開けるなり倒れ込んだ娘に、
じぃやは淡々と言い放ちました。
そりゃごもっとも。
高知で最高気温をたたき出した
猛暑の真昼間に私は出掛けていたのでした。

筋肉が全て脂肪へと変貌を遂げた肉体を
我が妹は「ブヨブヨ」と言いながらつまむ始末。

これではいけない、と奮起したわけでもないですが、
いい加減、隠居生活から抜け出さなくてはと
私の中の小さなおばさんが警鐘を鳴らしています。

こうやって久しぶりの長文を書いているのも、
比較的ペースの速い更新も(週末更新の私にしては)、
全てはリハビリ。

いきなり外へ出て運動する、
なんて無謀なことは出来ませんから、
自分が出来ることを、
出来る範囲でやろうという企みです。

背筋をのばしてキーボードを打つ作業は、
背筋と腹筋が鍛えられる気がします。
(姿勢を正した状態で)

そして明日はハローワークへ出かけてきます。(あくまで予定)
インターネットで閲覧した限りでは
結構な数の求人が出ていましたので、ものは試しに。
競争率が激しいうえに、
年齢ではハンデがあるので、
書類審査の突破は至難を極めるでしょうが、
応募しないことには採用にもなりませんからね。
履歴書をたくさん買い込んで、
応募しまくってやるつもりです。
貼付する写真は経費削減のため、
自分で撮って印刷することにして。

準備は万端、虎視眈眈。

私の計画が計画倒れに終わらないよう、
皆さん見守ってくださいませ。

では。

※コメント欄は週末のみ開放します。

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リハビリにはもうひとつ意味があります。
先日の記事で、何か夢中になれるものを見つけたい。
そう書きましたが、今のところ本を読むこと、
お話を書くことは、時間を忘れて没頭することができます。
文章を書く、言葉を紡ぐ。
小さな頃から好きなことでした。
ですからブログを書くことはある意味、
私の中で大切な行為とも言えるのです。

ブログを始めた当初は毎日のように更新していました。
それは義務ではなく、書くこと、書きたいことがあったから。
最近は、そういうことが少なくなって、
更新も減ったのに比例して、
文章も書かなくなっていました。
久しぶりに書く文章は支離滅裂で
ちっとも上手くいきません。
自分の想いの3分の1も伝えられない。

なので文章を書くリハビリも始めます。
大好きなお話を、誰よりも自分が楽しめるように。
posted by smile-one at 16:35 | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月12日

お祭り

ロンドンではオリンピックがまさに終盤を迎えています。
テレビ観戦で寝不足になっている方も多いのではないでしょうか。

メダルを獲った選手、獲れなかった選手。
それぞれの胸には様々な想いがあるでしょうが、
見ている私は、一生懸命がんばっている姿に感動を覚えました。
選手の皆さんにはありがとう、と言いたいですね。

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一方、私の住む高知でも、真夏の祭典「よさこい祭り」が行われていました。
オリンピックに比べたら、小さな小さなお祭りです。
そんなよさこい祭りにあるアクシデントが起こりました。
お祭り初日の8月10日の本祭途中、雷を伴う大雨に見舞われ、
中止の決定がなされたのです。
本祭途中での中止は、過去一度もありませんでした。

ですが演舞時間は残り30分を切っていました。
見る側からしてみれば、残り30分だったしまぁいいか、
という感じです。

ところがテレビに映った光景に、
はっとさせられました。
順番待ちをしていたチームの
踊り子さんが泣き崩れていたのです。
降りしきる雨の中、泣きじゃくりながら
その場に座り込んでしまった女の子たちもいました。

中止となった場所は競演場の中でも一番大きく、
賞を決定する審査場でもありました。
(競演場・演舞場合わせて17か所)
街の中心にある目抜き通りを乱舞する。
その瞬間が踊り子さんたち最大の見せ場なのです。
あともう少しで自分たちの順番だというときに、
中止の決定がされ、愕然としているその姿に、
胸が痛む思いがしました。

お祭り本祭は8月10日・11日の2日間ですが、
皆が皆、両日とも踊れるとは限りません。
仕事の都合でどちらか一日だけしか踊れない、
という方もいます。
また県外から参加の方は、
旅費などの都合上、1日参加の方が多いと聞きます。
そんな事情を抱えた踊り子さんたちにとって、
中止のアナウンスは非情な決定に聞こえたことでしょう。

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私もよさこい祭りに情熱を注ぎ、
たった2日間に自分の人生の全てを賭けて
一心不乱になった時代があります。

泣き崩れていた踊り子さんを見て、
昔の自分を思い出しました。
人生を振り返ってみても、
あんなに生命力がみなぎっていたときはありませんでした。

踊る側から傍観者へと変わったせいで、
踊り子さんたちの熱い想いを軽く見てしまったことを
少しばかり恥ずかしく思いました。

でも、こうも考えるのです。
泣けるほど夢中になれるものがあるということは、
本当は幸せなのでは、と。
よさこい祭りに変わって夢中になれる何かを
私はいまだ見つけられずにいます。

私も見つけたいなぁ。
「オリンピック」と「よさこい」のお祭りを見ながら
そんなことをひっそり思ってみました。

2012年第59回よさこい祭りの大賞チームは
「とらっく(社)」でした。
※参加チーム197



よさこい祭り参考サイト
http://www.yosakoi.com/jp/

posted by smile-one at 01:01| Comment(14) | TrackBack(0) | 雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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